昨日は 旅先の阿蘇で
14時46分
皆と 車の中で黙祷しました。

その意味を理解したのかどうか わかりませんが

娘は私の足にしがみついて


「ママ ずーっと ずーっと いきていてね」と言いました


そう思い 叫び 叶わなかった被災地の方々の事を思うとまた 1年前に気持ちが戻り 胸が張り裂けそうになりました。

でも自分が今 生きている事に感謝して
毎日を 過ごさないといけませんね。


夜は久しぶりに
ノーマ=コーネット マレックの詩を読みました。
大切なお子様を事故で失ったお母様が書いた詩です
抜粋して 記載します


「最後だと
わかっていたなら」


あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしはもっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるよう 祈っただろう

あなたがドアを出て行くのを見るのが最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱き締めて キスをして またもう一度呼び寄せて抱き締めただろう

あなたの喜びに満ちた声を聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしはその一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう

確かにいつも明日はやってくる
見過ごしたことも取り返せる
やりまちがったことも
やり直す機会が与えられている

でももしそれがわたしの勘違いで
今日ですべてが終わるとしたら
わたしは どんなに あなたを愛しているか
伝えたい

そして 私達は 忘れないようにしたい

若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめるのは今日が最後になるかもしれないことを

もし明日が来ないとしたらあなたは今日を後悔するだろうから。微笑みや
抱擁や
キスするための ほんのちょっとした時間を
どうして惜しんだのかと


ごめんねや
許してねや
ありがとうを 伝えるときをもとう